眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

真田丸の舞台で

大阪の大国町に滞在している。真田丸が築かれた天王寺まですぐ、道路標識には和歌山の文字が出てくる。
私とほぼ同年の真田信繁(幸村)はどのような想いで和歌山 九度山から天王寺まで来たのだろうか。姉宛の手紙ではもうこの世にいないかもしれないと覚悟と共に状況の厳しさを書き記している。
私も大阪に来る前は同じ想い、それほど過酷なスケジュールの中、大阪へ来た。
無事に5日目を迎えている。すべてに感謝、厳しい中にも充実した時をすごさせて頂いている。有難うございます。
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  1. 2016/11/20(日) 15:17:35|
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