眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

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歴史におけるもしとは?

高校生の頃、英語の構文で、「もしクレオパトラの鼻があと3cm低かったら」といった英訳の問題があった。歴史にもしと言われる場面は沢山ある。徳川家康は自決を覚悟したことが二度あると言われている。一度目は、武田信玄との戦、二度目は真田幸村に本陣まで攻めいられた時である。真田幸村は胸元に小銃をしのばせ、その小銃により家康の命を奪おうとした。胸元から小銃を取りだそうとした時、ファンブルし、小銃を落としてしまった。もし、幸村が小銃をファンブルしなかったら家康の命は奪われていたかもしれない。江戸も、東京も今のような街になっていたかはさだかではない。 もし伊達政宗があと十年早く生まれていたら、武田信玄、上杉謙信があと十年長生きしたら、諸条件により歴史は塗り替えられていた。上杉謙信、武田信玄には天下統一という野望はないように見えるが、織田信長、豊臣秀吉には強い野望、意志があった。織田信長においては血で血を洗い、親子、肉親までもが憎みあい、殺しあう時代の終結のために、豊臣秀吉はそれを受け継ぐ後継者として、また徳川家康は、戦国時代に戻さない確かな役割を担った。歴史にはもしという言葉は存在しない。強い意志を持ち、そうすると決めた人間のみがすべてを変えられる。意志、心がすべてである。
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  1. 2015/08/21(金) 04:32:54|
  2. 雑感、考察
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