眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

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動物と人間との違い

両親からの折檻、虐待、昔から古今東西問わず人間の世界で行われ続ける悪しき行為、こういったものはチンパンジーのような類人猿の行動にも見られる。人間も動物である。そう考えればすべては起きて当然のように思えるが、人間が人間たる所以は弱きもの、小さいものをいたわり、可愛がること、決して傷付けないことである!そういったことが理解出来ずに育つケース、頭では分かっているがついつい暴力をふるってしまうケース、理性が本能に負けた時に、悲劇が生まれる。私が二十代の頃、病院へ行った。小さな子供がぐずって泣いていた。母親が情け容赦なく頬を往復びんたし、止めようとしない。誰も止めない。私はすぐに彼女の元に行き、「いいかげんにしろ!」、手を抑えつけ、目を見つめた。さすがに我にかえったようでその場はそれで収まった。しかし、それ以降どうなったかは分からない。こうして叩かれ続ける子供の心の傷、輪廻する虐待を思うと胸が痛む。虐待の輪廻、愛のみがそれを断ち切る剣だが、愛という他人に対する思いやりを持つ人間が少なくなった。見て見ぬふりをする、弱きものがいじめられても無視する。自分より力の弱いものに暴力をふるう。これは知恵、知識とは別の教育により教えられるものであり、私は武道、特に柔道により暴力の非道さを学ぶことは有効と感じている。受け身を学んでも、他人に投げ飛ばされる痛みを知った時に、相手の痛みを知る。決して自分自身より弱きものに暴力をふるってはならないことを体得する。理論ではなく、経験なのだと感じる。すぐに手を出してくる人間ほど弱いものはない。若い頃、友人に暴力をふるったならず者がいた。そのならず者は友人の顔を殴ろうとしたので、腕を抑え、間接をとり抑えた。自称プロボクサーとのことだったが、道を歩まない非道なものの行為は時と相手を選ばない。9歳までの教育がすべてを決する。決して暴力をふるわないこと、教育、武道を通じて教えていかねばならない!柔道の必修、日本人の教育に採り入れて頂きたい教科である。小さい時に、草原を走り、転ぶ、相撲をとったり、馬跳び、鉄棒、縄跳びをする、こういった遊びを経て、柔道の受け身を身につける素養が身に付く。こういった遊びの部分から元に戻すことも課題と感じている。少子化の社会ではこういった遊びが出来ないことから、遊びの環境までも大人が与えなければならないということも問題であることを年長者は理解し、フォローしていかねばならない!
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  1. 2015/07/07(火) 09:12:30|
  2. 雑感、考察
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