眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

日本、変化の時代に(第一段)

一昨日、秋田市に連泊し、秋田市の夜の風景を眺めた。川反(かわばた)という飲食店が立ち並ぶ通り、居酒屋、スナック、グラブ等、沢山のお店がある。 今から25年前、学生時代、土曜日は良く川反に来て酒を呑んでいた。沢山のお客さんで賑わっていて、楽しい空間であった。今も土曜日は駐車場が満車になるほどの大盛況、違いは、私達の世代 45歳から50歳前後の方々がすっぽり抜けていることと感じる。私達の世代の秋田県人の多くは、県外で学び、県外に就職した。そのまま、秋田県に戻ることはなく、秋田県はこの30年の間に、実に30万人、人口が減少した。その中にあって私は神奈川から家族と共に秋田県に戻ったのでプラス4人に貢献している。
中学校の同級生360人、高校の同級生360人、約800人のうち2割程度の方々しか秋田県には住んでいないと思う。一つの高校の卒業生1人あたり4人家族で計算すると、640人が県内、2560人が県外に住んでいると概算出来る。
一つの中学校、高校をとって概算2560人の方々が県外で暮らしているのだから、約50校の高校の卒業生と計算し、50を掛けると簡単に10万人の秋田県出身の方々のご家族が県外で生活していることになる。45歳から50歳までの家族を考えると実に50万人と概算出来る。
45歳から50歳というのは、経験、知識が積み重ねられ、最も力が出る時期である。そういった方々が約10万人、県外で働かれ、秋田県内にはわずか2~3万人しか残っていないことが秋田県の現況を導いている。
藩政がしかれた江戸時代、秋田から藩外に出る方々は少なかったはずで、日本人の人口が3000万人程度とすると、秋田には約25~30万人の方々が住んでいたことが概算出来る。今から46年後には、日本の人口は5000万人、秋田は、50万人とほぼ江戸時代の人口の1.7倍に戻ることが予測される。150年かかって4倍になった人口が、約50年で江戸時代の1.7倍になる。明治時代から現在までの2倍のスピードで変化する、つまり明治、大正、昭和、平成で起きた変化が昭和ですべて起こるという劇的な変化が起きてくるのだろう。最も高齢化が進む秋田県。秋田県で起きることが、日本全国で起きてくる。どのような変化が起きるのかは講演等でお話しさせて頂くが、沢山の仕事と人材の不足が問題となる時代になることは間違いない。人材育成こそ急務、グローバルな社会の好機は人材育成によりとらえられる!
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  1. 2014/08/04(月) 04:20:45|
  2. 雑感、考察
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