眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

長い歴史の中から考えること

人間は古代からその本質は変わってきたであろうか。食料を奪いあうために戦い、富を奪いあうために戦い、時代が変わっても形を変えて、その実は、富の奪いあいの歴史であった。富は金、資源、エネルギー等に置き換えられ、それに関わる利権もまた争奪する対象となり争いが絶えることがない。富を共有するならば、争いが起きないといった考えが単純に発想されるが、人間には欲というものがあり、均等に譲りあうということが出来ないまま、現代になった。原発の問題では、福島で作ったエネルギーを東京等の大都市で使用する、従って、大気、土壌汚染は分かちあうべきといった考えが堂々と述べられている。しかし、現代人には子供達、子孫に、健康な身体と、健康に生きていける環境、土壌を残す責任がある。借金を残すのは可哀想だと真に思うのならば、病気や汚染された環境を残すのは、もっと可哀想であるということを原点に立ち帰って考えて頂きたい。
放射性物質といった人類科学史上、類を見ない危険な化学物質の現状を正しく捉え、体内に摂取しない努力を継続しましょう。人工的な放射性物質はラドン等に比べ、単位重量当たりの放射線量が1000倍ほど強く、体内に留まりやすい。どうしたら取り込まないで済むのか、科学者としての知見を最大限に使い、提言していく。争い、戦いが利権、富を手にするものの戦略的なシナリオに従うものでないことを私達は確認しなければならない。それを怠ってきたことが長い歴史の中で人類が繰り返してきた過ちであることを私は感じている。
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  1. 2012/08/15(水) 09:00:08|
  2. 雑感、考察
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