眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

地井武男さんのお別れ会

2012年 8月6日(月曜日)、6月29日にお亡くなりになられた地井武男さんのお別れ会が青山葬儀所で行われた。徳の高い方をお送りする時、竜神が動き、雨が降り、雷が鳴るという。地井さんのお別れ会が始まると激しい雨が降り、雷雲が現れた。人を大切にされる地井さんらしく、通り一辺倒の付き合いではなく、心からの触れ合いを持たれた方々、約800名が集まられた。祭壇は地井さんが好きだった黄色、ひまわりの花が飾られた。『北の国から』、『故郷』、『ちい散歩のテーマ曲』がヴァイオリンの生演奏で流れた。渡辺徹さんが、『地井さんを皆が好きだったということを知っていますか』と弔辞で述べられた。青木功さんは親友の深さを語られ、研ナオコさん、萬田久子さんは号泣された。岩城こういちさんは、『芸能界に数少ない友人であり、兄貴だった。本当に面倒を見て頂いた』と話された。水谷豊さんは、地井さんが入院前、水谷さんを抱きしめられ、『豊、お前のことが好きだった。ありがとう』と耳元で言われ、目に涙をためられた地井さんの顔を一生、忘れられないこと、『(地井さんの人生は)見事な人生でした』と敬服の意を示された。田中邦衛さんは、『地井にい、会いたいよ』と振り絞る声で想いを語られた。私は、地井さんの今にも話されそうな写真に向かい、黄色のバラを献花しながら、『地井さん、本当にありがとうございます。私は地井さんにお会い出来、お付き合いさせて頂き、幸せでした。』と語りかけました。姿は見えなくても、地井さんは一人一人に、目に涙をためながら、『ありがとう。さようなら』と語りかけられたことだと思う。無双の優しさ、一つ一つ地道に積み重ねるホンモノ、人の悲しみ、喜び、苦しみも包みこんでしまう人格者、名優の逝去に全員が涙し、ぽっかりと空いた心の穴を感じている。水谷豊さんと食事をされた時はいつも地井さんがご馳走されたという。水谷豊さんがお金をだそうとすると、『豊が私におごるというのは、十年早い。というより一生、早い』と言われたように、また、国生さゆりさんが、お祭りに参加された時の地井さんの気遣いについてエピソードを紹介されたように、後輩想い、面倒見の良い、優しい方だった!私も何の恩返しも出来ないまま、地井さんは彼岸へ旅立たれてしまった。北の国からで号泣された地井さんのように私の目から涙が流れてしまう。せめて、私の想いが、お別れ会で伝わってくれればと祈っている。私は人間 地井武男さんを尊敬し、その大きな人格を惜しんでいます。見事な人生でした、地井さん、ありがとうございます。
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  1. 2012/08/08(水) 22:12:49|
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