眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

恩師への想い

先日、『愛弟子教育』と言う講話を拝聴した。『思いやりでしか人は動かない』、この言葉が心に残った。今から18年前、オランダ デルフト工科大学の恩師 故ブライアン スカーレット先生と過ごした時のことを思い出した。本当に、大きく、素晴らしい方であった。誰よりも学生を愛し、日本を愛し、家族、奥様を愛されていた。寒いオランダの冬の朝、スカーレット先生の挨拶と笑顔はオランダの寒ささえ吹き飛ばす温かい慈愛に満ちたものであった。『寒くないか?』、『何か困ったことがあれば、何でも言ってきてね』、スカーレット先生の一言で、異国での生活の不安、ホームシックになる気持ちからどれほど救われたことか。オランダから帰る日にギリシア料理のレストランに連れていって頂いた。楽しい夕食を終え、レストランを出ようとすると、霧がかかり、雨が降っていた。中世の街を相合い傘で歩き、教会を過ぎた時、先生がぽつりと言った。『Akira、本当に帰るのか?』。『富士通に帰らなければならないので、明日発ちます。』。『このまま、オランダに、大学にいなさい。』。『先生、ありがとうございます。私は一生、ヨーロッパの先生はスカーレット先生と思っていますから。』『もちろん。』。先生は寂しそうに私を見つめていた。『今晩は私の家に泊まりなさい。』。『先生、ありがとうございます。まだ引越し荷物が片付いておらず、帰ってまとめ、旅立ちの準備をします。』。これが最後の会話となった。ヨーロッパ粉体工学会の会長を務められ、世界中から学生を受け入れた先生はデルフト工科大学退官後、アメリカの大学の教授として赴任され、帰らぬ人となった。苦しい時、先生の笑顔、温かい言葉が浮かぶ、先生はいつまでも私の中で生きていて、私に語りかけてくれる。研究の道から家業に入り、先生のように学生を育てることが出来ないことを申し訳なく思いながら、限られた教育の機会には全力を尽くしている。いつかスカーレット先生とお会いした時、先生は私に何と話しかけてくださるだろう。真の教育者であった。沢山の教え子を育て、笑顔で彼岸へ旅立たれた。真に生きた先生は永遠に、教え子、共に過ごした人々の中で、生き続けている。
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  1. 2012/03/09(金) 21:46:08|
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