眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

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サミュエルソン教授の幸福の方程式2

幸福度=所得÷欲望 と言う式で表されている。望むものが所得により満たされること、すなわち欲望が小さく所得が大きければ、幸福度の数値が高くなると言う方程式は、貧しかった国、国民が経済成長している時には成り立つ概念だと思う。しかし、先進国が成熟期を迎えた時、高齢化が進み、経済成長は終わり、デフレつまり少しの金で生きていける時代に直面する。江戸時代も含め、昭和三十年代まで、日本人の生活は貧しく、食うや食わずの生活を送ってきた。しかしながら、幸福度を上の式とは異なる捉え方、経済とは異なる捉え方をし、生きてきたと解釈する。『宵越しの金は持たない』、自分の稼いだ金を一晩で惜しみなく使いきる、これは欲望のなせる業ではなく、他人への施しと言う考えがある。自分が金を使うことで他人の喜びの顔が見たい、他人を助けたい。名もなく、貧しく、美しくと言う人生の美学を貫こうとする方には上の式は欲望が0に近付き、わずかの所得でも、幸福度は∞となる。こうなると、経済と言う概念、金や損得ではない部分に幸福を感じ、上の式が成り立たない世界、人間が存在する。私自身、そうであるため、昨日のブログで上の式がピンと来なかった。しかし、欲望が無いことは、金を稼ぎだすエネルギーが無い(わずかの金で満足する)社会を生み出すことになるので、稼げる人は稼ぎ、社会へ金を還流させると言う考えで稼がねばならないとも思う。そのためには、血税を無駄に使う行政を改めねばならない。無駄な建設をいまだに続け、本当に困っている人々を救済していない政治、行政。政治、行政のために血税を納め、血税が人々のために使われない、人々のためと言う名目のために使われている原状。血税を子供達の安全、健康、教育に使え、それこそが、働く意義である。日本に『子は宝』と言う言葉が聞かれなくなって久しい。貧しく、戦争に参加してきた戦前の日本では、労働力、兵力として子供は不可欠であったと言う見方も正しいが、現代社会は、子供達が社会を支えると言う意識すら無くなっていることに危機感を感じる。 今さえ良ければ、大人の生活さえ良ければと飽食、無駄なものを作り続け、血税を無駄に使い続け、子供達のことをまったく考えない日本を誰が支えるのか、経済と言う尺度のみでははかれない他人の幸せが自分の幸せと言える人間の教育こそ、現代社会のキイであると感じている。サミュエルソン教授の幸福度の方程式は、色々なことを考えさせてくれる。
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  1. 2011/12/08(木) 06:35:20|
  2. 雑感、考察
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