眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

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ペロが亡くなって一週間が経過して

愛犬のボーダーコリー ペロが亡くなってから、丁度、一週間が経った。彼女のお骨は庭に葬り、石を置き、毎日、水を供えている。冷たい雨がそぼふる中、思わず、家へ入って来なさいと墓に声をかけてしまうこともあります。小学校、中学校時代、毎日、ペロを妹のように可愛がってきた慶英はペロが亡くなって二日目、ソウルへ三泊四日の修学旅行に出かけ、昨日、楽しく有意義な旅行を終えて帰ってきた。ソウルの大学生との交流、デジカメで沢山の写真をとり、その中にペロの写真が残っていて、色々なことを思い出したそうである。慶英は、来年一年で高校を終え、大学では、共にペロが住めるマンションを探し、一緒に住もうと考えていたらしく、ペロを娘のように可愛がっていた家内は東京にいる年老いた両親を来年からは面倒見なければと考えていたらしく、日々接していたペロは愛する二人の事情をすべて察していたのではなかろうかとさえ思える。犬は飼い主を救うためには自らの命を捨て去って行動すると言うことを聞く。二人、家族の悩み、苦しみを肺癌と言う形で持ち去り、逝ってしまったのではと考えさせられる突然かつ慶英の修学旅行前の逝去であった。ソウルで慶英の乗るチャーターしたバスが接触事故を起こしたそうである。慶英が怪我なく過ごし、帰宅したこと、愛する二人とは数年後には離れる時間を長く持たねばならないことをすべて察していた気がする。ペロの母親であるなっちゃんも、ヒトが好きで、人の横について歩いたそうである。ペロも、ヒトと一緒にいることが何よりの喜びで、苦しい呼吸の中、最後まで嬉しそうに、私達と一緒にいることを喜んでいた。餌をあげ、食事が終わると必ず、『ありがとう』と顔をなめてくれたペロの姿を墓に行く度に思い出し、胸がつまる。17日間、盛岡の動物病院で四時間、点滴に付き添い、彼女にペースト状のレバー、ポカリスエット、ラム肉を与えた。苦しい中のそういった一瞬、一瞬に家内と私の想いが必ず、ペロに通じたと思う。慶英と私が彼女と最後を迎える何日間は一緒に寝たことも、本当に嬉しそうにしていた。犬、ペットを超える想い、私、家族はペロにそういった想いで、すべての愛情をかけて接してきた。飼い主の喜怒哀楽、感情を察し、接してくるペロの素晴らしさを感じ、二度とは会えない彼女といつかまた会えればと思っている。人間との別れと変わらない、いやそれ以上の思い出を思い出しながら、朝を迎えた。
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  1. 2011/10/01(土) 02:09:01|
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