眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

ある市長のブログから考えること

ある市長が裏社会についてブログを書いているということを教えて頂いた。「日本は同和、在日に支配されている」つまり、「暴力団等の裏社会の構成員はそういった方々である」というものだ。在日朝鮮人、在日中国人、同和の方々(?)、私にとってはみな同じ仲間である。私は秋田生まれ、蝦夷の血が流れている。というか、東北人は祖先が蝦夷である方が大半であると思う。私は、そのことに劣等感も感じず、むしろ誇りに思う。ある本に日本人の血の七割が朝鮮人の血、残りは中国人、モンゴル人、東南アジアの人々、ヨーロッパの人々、弥生人、縄文人の血が混血していると書かれていた。県別の人々のDNAと縄文人、弥生人のDNAを対比させ、岩手、沖縄の方々は縄文人、島根の方々は弥生人のDNAを引き継ぐ等の研究発表が今から20年前、雑誌に発表された。縄文人のDNAを持つ県民は、背が低く、丸顔で、がっちりとした体型、酒が強い、弥生人のDNAを持つ県民は痩せ型で、細面、酒に弱いといった概要である。元々いた縄文人は、弥生人に滅ぼされるといったことが神話の土台になっていると理解するが、社会を動かす役割を弥生人が担っただけで、縄文人が滅ぼされ、その血が途絶えた訳ではなく、ある地域では、その血を純血に近い状態で残し、あるいは混血しながら日本人は形成されたことが言える。また、人類の祖先はアフリカの少数の男女であることも書かれており、「人類みな兄弟」なのである。
こういった歴史を見る時、何故、差別をする必要があるのか?確かに顔形、食べ物、生活習慣、考え方に多少の違いはあろう。しかし、父母、子を思う気持ちに何の違いもないはずだ。市長たるものが歴史をながめる見識がなく、短絡的な民族、日本人の捉え方をして、真の国際化、伝統の継承が果たせるのか?暴力団というが、一般人の中には、法の網目をくぐり、犯罪ぎりぎりのことで人を苦しめる人々が見受けられる。我々は表面だけで人間を判断してはならない。深く、人を見、その人の言っている真意を汲み取る勉強をしたいものだ。歴史を学び、世界を広く見渡し、今の日本の常識がいかに非常識であるかを認識してみよう。日本、地域、父母も愛せず、祖先も崇拝できない日本人って、いったい何ですか?
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  1. 2010/01/16(土) 20:18:08|
  2. 雑感、考察
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