眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

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事業の進歩発展に最も害するものは、青年の過失ではなくして老人の跋扈(ばっこ)(傍若無人にふるまう行い)である

タイトルは、明治時代の経済人 伊庭貞剛(いば ていごう)の言葉。日本の社会、政治そのものが、この言葉に表現されている様に感じる。悪いとは分かっていても、一時的な利、繁栄、経済性を求め、従来型のヒトよりもモノを中心に考え、進む社会。自民党から民主党への政権交代は、実は、『モノからヒトへ』の社会の転換を期待するものであったと理解していた。しかし、従来型のモノ、経済第一、国民に目が向かない悪習は現存し続けている。原発事故により、広島原爆の実に168倍のセシウムが放出されたと言う。混乱を防ぐとは言え、事故直後、『原発から一定距離離れれば、安全です』、『メルトダウンは起こっていない』とした発表とはかけ離れた事実に愕然としてしまう。未だに明確にしていない安全地帯と危険地帯、安全なものと危険なものの区別、まさしく、日本そのものの行動が古く、年老いた老人の跋扈(ばっこ)(傍若無人のふるまい)である様に感じる。うやむやにしたり、偽善的な行動は被害を拡大するので、安全なもの、危険なものを科学的に分別していく社会活動を急がねば、日本最大のピンチである。日本の社会運動の草分けとして知られ、関東大震災の復興支援を促進した賀川豊彦氏についての記事が秋田魁新聞に掲載されている。彼の詩、『血がこみあげてくる、永遠に若いおまへの血が、おまへの血は私の血だ、おまへは死んだ、そして我等は甦らされた、誠におまへの途は尊い途で有った 私はおまへの為に六千度の太陽の熱を受ける』には、大震災のために尊い命を失った方々への鎮魂、生き残った自分が亡くなられた方々の人生、使命を背負い、日本を復興すると言う熱い気持ちが表現されている。今、政治家、いや日本人全員に求められているものは、東日本大震災で命を失われた方々の人生、使命を受け、日本を復興することである。この様な志を持った日本人があふれる時、その代表である政治家、官僚もまた、無私の境地で日本復興に取り組む人材で構成されるであろう。いや必ず、そうしていかねば、日本を存続させることは出来ない。先人達は私達に、生きる指針を与えてくれる。
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  1. 2011/08/28(日) 10:51:07|
  2. 雑感、考察
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