眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

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ゆとり教育の弊害

今から17年前、上場企業で新入社員の教育を行ったことがある。名門大学を卒業された方々5名、理科系では基本の線形非同次微分方程式を問題として出した。1名のみ正解、あとはまったく手付かずの状況だった。私は1965年生まれだが、新入社員は1976年あたりに生まれた方々であったと記憶する。彼等が受けた数学、科学の教育の質と何よりも演習の量が少ないことを感じた。私が大学院2年頃、1989年当時、コンピュータが普及した。それ以来、手計算で問題を解くより、コンピュータ、ソフトウェアを利用し、問題を解く流れが出来上がった。コンピュータは便利であり、人間が長時間かけて解く問題の答えも入れる数式さえ間違えなければ、瞬時に答えを出す。ところが、大切なのは、数式を自分で立て、手計算でも解くという演習である。概算でも良いので、コンピュータで計算された解が正しいかを検証出来る力がなければならない。これが私が新入社員に問題を出した意図である。今から10年前、小学校の算数の授業では、簡単な足し算、引き算を電卓で計算させる授業があった。今から40年前は暗算あるいは筆算で解を求めた問題である。新入社員教育、10年前の小学校の教育で、コンピュータ、機器を利用した問題解決には強いが、緻密に数値を求めるという仕事には不向きな人材を沢山、育成する危険性を感じていた。今回のアジアにおける日本の大学の評価の降格が、上記に示されるものと関係ないことを強く望んでいる。小学校においては、国語の時間も削られ、かつては本屋においてあった児童文学の本は見事に消え、漫画のような児童向けの本しか見当たらないのに驚いた記憶がある。人口減少、労働者人口が減少する日本では知こそが最も求められる要素であることに気付き、全国民が学んでいかねばならない。子供達の教育の質を上げていかねば、日本の衰退を促進することになる。読み 書き 算盤と言われた教育の原点に立ち返り、大人になってから綿に水が吸収されるかのように知識を獲得出来る人材を育てることこそ、この国の急務である。
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  1. 2015/10/02(金) 04:13:02|
  2. 雑感、考察
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