眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

香港との国際ビジネス

香港政府の経営コンサルタントで、携帯アプリを開発する会社社長と、アプリ画面の英文和訳についてSkypeを通じサポートした。彼は大変な仕事量でと遠慮していたが、1時間で和訳完了、大変驚かれ、感謝頂いた。仕事の質はスピードに比例する、この法則は成り立つ。ソフトウェア、科学技術の知識が無いと翻訳は出来ず、この分野の翻訳者は不足していることを感じる。ようやく技術英語を理解し、翻訳する人材育成が始まったが、まだまだ不足している。私がその分野の育成に取り組まねば、現状を見る限り強く感じる。翻訳には翻訳者の専門知識が表れる、日本人は専門知識か外国語を修得するところで終わり、外国語で専門知識を展開する経験に乏しい。もっと英文の論文を出す、海外の学会で研究発表する、製品開発工程、製品の説明を外国語で説明したり、説明書を作成する、こういったことが出来る人間を育てるためには最低10年の期間を要する。成長する素養を持つ人間を10年間教育すること、こういった課題が国際ビジネスは存在することを教育者は理解しなければならない。くだらないことに時間を費やす猶予は無い、日本人が気付き、学ぶ時である。それを自ら実践出来る人間を師とした学びこそが、国際ビジネスを切り拓く大きな力となる。こういった分野に貢献していきたい!
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  1. 2015/05/17(日) 21:15:01|
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右翼 左翼 無翼

戦後間もなく、警察力が無い頃、日本国民は日本にいる戦勝国となった外国の方々の一部、愚連隊と呼ばれる方々にひどい目にあわせられることがあったと言う。戦後間もなくの新宿、暴れる米兵、戦勝国の外国人、アウトローの日本人から一般の方々を守った愚連隊のリーダーに加納貢氏がいた。加納貢氏は新宿の大衆の英雄だった。加納氏の言葉に、「右翼、左翼とあるが無翼(無欲、自由をかけていると私は理解しています)だったらどこにでも飛んでいける」というものがあったと記憶している。こだわりが無く、無欲で自由、正しいことが判断出来、行動出来れば、どこにでも行け、何でも出来るということを私も強く感じる。社会主義、共産主義は何故、なくなってきているのか、むの たけじさんが興味深い解析をしている。「社会主義、共産主義を生き方で実践する人がいないから無くなった」と明確な解析をしている。右翼、左翼も単なる人間の色分けにすぎず、人間には多面性、自由度があるので一概に分類することも単純過ぎるであろう。無翼の生き方、右や左につく翼が飛び方を規制し、自由自在に目的地に飛行、到着する妨げになることもある。あるところまでは指針、羅針盤となることもあるだろう。一番大切なのは、こだわりのない、ふんわりとした自由な心である。こういった心、姿勢こそが創造につながる。吉田松陰、坂本龍馬、武市半兵太も尊皇攘夷を唱えたが、生き、世界を歩けば、生き方も変わり、日本に貢献されただろうと思う。人命、人材こそすべて、こだわりを持たず、有能な人材を活かす社会を作り上げねばならない。
  1. 2015/05/16(土) 05:53:24|
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闘いそれとも達観

戦において、上杉謙信公は不敗の伝説を持つ武将だが、その背景には徹底的に計画を立て、いかなる時も戦に出陣出来る集団、組織を編成していたという。しかし、上杉謙信公とて、どうしようもない大ピンチに接したことがある。五千の敵勢に囲まれたこと、その瞬間は自らとの闘い、達観しかなかったであろうと察する。自らを毘沙門天の化身と信じ、死ぬと思えば生きるといった哲学から無の境地に達する、現代人にも必要な悟りである。上杉謙信公が現代に現れ、会社を経営したら、やはり盤石な経営をされたことであろう。計画、組織編成で結果は決まる。また、ピンチに直面した時の経営者の対応の仕方、心の持ち方にすべてはかかっている。
  1. 2015/05/11(月) 13:31:20|
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良く耐えた5日間

腰痛を抱えて、5日間の山形の仕事を無事に終えることが出来た。腰痛も完治し、激痛も嘘のように消え去った。治療頂いた佐々木先生、坂爪先生に感謝している。また仕事の際に、サポート頂いた周りの方々にも、心から感謝しているところである。有難うございます。
  1. 2015/05/07(木) 16:21:07|
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大切な時間

子育てで親が子供にかかわれる期間はごくわずかである。長男は電車が大好きで、子供の日に電車の乗り物に乗りたくて、良く連れていった。今は大学生、そういったことも夢のように過ぎ去った気がするほど大人になった。あれほど親にべたべたくっついていたのに、そんな期間はほんの一瞬であることを知るのが子供が成人してからである。だから今の祖父母は孫に甘いのだろう。いや昔から祖父母が孫に甘いのは常だったのではと思う。今子育て真っ最中の方々には是非、今を大切にして頂きたい。手がかかる今を!
  1. 2015/05/05(火) 18:54:21|
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こどもの日

こどもの日には、鎧兜を飾り、鯉のぼりを泳がせた。秋田の岩城町にある天鷺遊園地でオートスライダー、電車の乗り物に乗せたことを思い出す。子供達が野球、バスケットボールを始めてからは練習試合でこどもの日を過ごした。私は試合は見に行ったことがなかった。自分自身がスポーツをしている時、プレーするのは自分、親はまったく関係ない、中学生になると試合に来てもらいたくなかったからだ。バッターボックス、マウンド、試合場に立った時には彼等が彼等が培った技を自分自身の力を信じて発揮するしか道は無い。受験も同じ、試験も同じ、私は他の親とはかなり異なると思う。普段の練習、取り組みこそすべて、今、一瞬、一瞬の鍛練こそがすべてを決する。試合や試験で決まるのではなく、今の取り組みですべてが決まる、このことを子供達には教えてきた。甘やかすのではなく、厳しすぎるのでもなく、健康のみを祈り、自らの力を信じ、全力を尽くす子供を育てること、こどもの日に保護者に考えて頂きたいテーマである。
  1. 2015/05/05(火) 06:46:23|
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上杉氏との関わりから導かれるもの

上杉祭りのある期間、米沢近くで過ごすことが多い。18代 真壁氏幹は義の武将として、同じ義の武将 上杉謙信公と共に戦えることを至上の喜びとしたという。上杉景勝、家臣の前田慶次も真壁氏幹を頼りにしていたという。上杉氏、その重臣的存在であった新発田氏縁の方々と出逢う。本当に不思議な出逢い。上杉謙信公の墓は上越市の林泉寺にある。上杉謙信公にとって故郷は上越であり、桓武平氏である長尾氏が元々の家系である。縁有って、別の氏を継承する、これは偶然ではなく、ご先祖様が、我が氏姓を継ぐに値する人物を選択しているのだと最近、思う。偶然ではなく必然なのだろう。お会いするご縁も。ご縁を大切にこれからも生きていきたい。
  1. 2015/05/03(日) 20:57:59|
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奇跡的な回復と感謝

先週一週間、横手の佐々木接骨院の佐々木先生にお世話になり、身動き出来ない状態から六日間で200km運転し、8時間立ち、荷物を運んだりする仕事をこなすことが出来た。また昨日は飯豊町の坂爪治療院で鍼、灸治療を受け、身体のバランスをとって頂き、さらに元気になってきている。感謝です。風光明媚なところで素晴らしい方々とお会いし、仕事出来ることに感謝し、今週もスタートである。 痛みが去り、嘘のような素晴らしい境地に達する、これこそが生きることであることを悟らせて頂いた。感謝の1日のスタートである。
  1. 2015/05/03(日) 05:50:01|
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明朝、出発

首の激痛、腰痛の治療に専念した。明日は4時に起きて、三時間のドライブ。荷物を運搬しなければならない。さあて出来るか。いや必ずやる。昨日まで寝返り出来ないほど酷い首の痛み、腰痛だった。今はなんとか動ける。戦国武将も私のような状況で馬に乗り、参戦したと思う。いざ出陣!
  1. 2015/05/01(金) 19:32:37|
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