眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

卒業式

昨日は、長女 令佳の卒業式であった。バスケット、水泳と良く頑張った。卒業式では、グリーンの『遥か』をピアノで見事に演奏した。卒業式の終わり、退場する時に私の顔を見たので、笑顔をかえした。後で聞くと、私の顔を見た瞬間に涙がでたと言うことである。これからが人生のスタートです!頑張ってください。
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  1. 2012/03/17(土) 13:10:13|
  2. 出来事
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食の安全

日本人にとって食の安全がこれから最も重要な課題の一つとなった。食材の安全性確認、研究を通じ、安全で美味しい真壁屋のうどんを作り続けていく。安全なうどんを提供して、お客様に健康を維持できる食に貢献して参ります。
  1. 2012/03/15(木) 03:49:56|
  2. 料理および科学
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ホンモノと偽物、アイデンティティーとは!

『秋田県人』と言う言葉がある。秋田県人とは?、私は11年前に神奈川県から秋田県に戻ってきた時に、秋田県人の変貌ぶりに驚いた。これが秋田県人?、東京に住んでいる人々とあまり変わりがない、考え方、生活スタイル。他県の秋田県人会に参加させて頂いた時に、『これが秋田、秋田県人だ』と強く感じ、懐かしく思うことがあった。ここ三十年の間に130万人の人口が100万人になり、県外流出が激しい秋田県は、元々、秋田県で生まれ育ったと言う方々も少なくなってきていると思う。平安の頃、秋田県と岩手県は一つの文化圏で人々の往来があった。栃木県、江戸時代に入り、佐竹と共に、茨城県から沢山の人々が入り、秋田県人が出来上がった。時代と共に、秋田県人も変貌してきたと思う。徳川家を例にとっても男系の直系が家督を相続し、それがホンモノとすると、なかなかホンモノと言うものは続かないことを歴史が証明している。徳川家には三伝と言う家訓『武伝』(決して負け戦をしないこと)、『慈悲』(民が苦しんでいる時には増税せず、逆に物質を分け与えること、命乞いをした敗北者の命を奪わぬこと)、『情け』(大将自ら、足軽まで声をかけ、労を労うこと)があるという。その家訓を受け継げる器量を持った大人こそ、家を継ぐべきもので、戦国時代はそのように家は継承されてきている。食品、料理も同じ、元祖という言葉より、特徴、コンセプトを継承しているかが、ホンモノと偽物を分ける。日本、日本人のアイデンティティーが問われる時代となった。
  1. 2012/03/11(日) 17:57:46|
  2. 雑感、考察
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恩師への想い

先日、『愛弟子教育』と言う講話を拝聴した。『思いやりでしか人は動かない』、この言葉が心に残った。今から18年前、オランダ デルフト工科大学の恩師 故ブライアン スカーレット先生と過ごした時のことを思い出した。本当に、大きく、素晴らしい方であった。誰よりも学生を愛し、日本を愛し、家族、奥様を愛されていた。寒いオランダの冬の朝、スカーレット先生の挨拶と笑顔はオランダの寒ささえ吹き飛ばす温かい慈愛に満ちたものであった。『寒くないか?』、『何か困ったことがあれば、何でも言ってきてね』、スカーレット先生の一言で、異国での生活の不安、ホームシックになる気持ちからどれほど救われたことか。オランダから帰る日にギリシア料理のレストランに連れていって頂いた。楽しい夕食を終え、レストランを出ようとすると、霧がかかり、雨が降っていた。中世の街を相合い傘で歩き、教会を過ぎた時、先生がぽつりと言った。『Akira、本当に帰るのか?』。『富士通に帰らなければならないので、明日発ちます。』。『このまま、オランダに、大学にいなさい。』。『先生、ありがとうございます。私は一生、ヨーロッパの先生はスカーレット先生と思っていますから。』『もちろん。』。先生は寂しそうに私を見つめていた。『今晩は私の家に泊まりなさい。』。『先生、ありがとうございます。まだ引越し荷物が片付いておらず、帰ってまとめ、旅立ちの準備をします。』。これが最後の会話となった。ヨーロッパ粉体工学会の会長を務められ、世界中から学生を受け入れた先生はデルフト工科大学退官後、アメリカの大学の教授として赴任され、帰らぬ人となった。苦しい時、先生の笑顔、温かい言葉が浮かぶ、先生はいつまでも私の中で生きていて、私に語りかけてくれる。研究の道から家業に入り、先生のように学生を育てることが出来ないことを申し訳なく思いながら、限られた教育の機会には全力を尽くしている。いつかスカーレット先生とお会いした時、先生は私に何と話しかけてくださるだろう。真の教育者であった。沢山の教え子を育て、笑顔で彼岸へ旅立たれた。真に生きた先生は永遠に、教え子、共に過ごした人々の中で、生き続けている。
  1. 2012/03/09(金) 21:46:08|
  2. 出来事
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旅立ち

私はここ数週間で新たなことに取り組もうと準備している。本来、私の一番、取り組みたかったことである。人の命を守る自分自身にしか出来ないこと、私はこのために生きてきたといっても過言ではない。正式に決定しましたら、皆さんに公表させて頂きます!
  1. 2012/03/05(月) 21:19:52|
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