眞壁明吉良の一日

うどんを科学する

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ジャーナリズムの巨人とお会いして

96歳になる横手市在住のジャーナリスト むの たけじさんと初めて、お会いした。むのさんは当たり前のことを言われるので、論評が鋭いと俗っぽい方々には言われがちであるが、私自身は至極最もなことを言われていると感じている。『誰かがやってくれる、誰かに頼ろうと言う日本人が、日本を堕落させた。いや国を問わず、現代人すべてがそうなってきている』と言ったむのさんの言葉には私も同感である。
誰かがやってくれると思い、行動しない、だらしのない日本人を誰が作り上げてきたのか、どうして変えていかねばならぬのか、まずは、自分自身が変わることからしか、物事は始まらない。自分自身が変わり、行動する時、社会が変わっていく。がんばりましょう。
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  1. 2011/08/30(火) 13:48:03|
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事業の進歩発展に最も害するものは、青年の過失ではなくして老人の跋扈(ばっこ)(傍若無人にふるまう行い)である

タイトルは、明治時代の経済人 伊庭貞剛(いば ていごう)の言葉。日本の社会、政治そのものが、この言葉に表現されている様に感じる。悪いとは分かっていても、一時的な利、繁栄、経済性を求め、従来型のヒトよりもモノを中心に考え、進む社会。自民党から民主党への政権交代は、実は、『モノからヒトへ』の社会の転換を期待するものであったと理解していた。しかし、従来型のモノ、経済第一、国民に目が向かない悪習は現存し続けている。原発事故により、広島原爆の実に168倍のセシウムが放出されたと言う。混乱を防ぐとは言え、事故直後、『原発から一定距離離れれば、安全です』、『メルトダウンは起こっていない』とした発表とはかけ離れた事実に愕然としてしまう。未だに明確にしていない安全地帯と危険地帯、安全なものと危険なものの区別、まさしく、日本そのものの行動が古く、年老いた老人の跋扈(ばっこ)(傍若無人のふるまい)である様に感じる。うやむやにしたり、偽善的な行動は被害を拡大するので、安全なもの、危険なものを科学的に分別していく社会活動を急がねば、日本最大のピンチである。日本の社会運動の草分けとして知られ、関東大震災の復興支援を促進した賀川豊彦氏についての記事が秋田魁新聞に掲載されている。彼の詩、『血がこみあげてくる、永遠に若いおまへの血が、おまへの血は私の血だ、おまへは死んだ、そして我等は甦らされた、誠におまへの途は尊い途で有った 私はおまへの為に六千度の太陽の熱を受ける』には、大震災のために尊い命を失った方々への鎮魂、生き残った自分が亡くなられた方々の人生、使命を背負い、日本を復興すると言う熱い気持ちが表現されている。今、政治家、いや日本人全員に求められているものは、東日本大震災で命を失われた方々の人生、使命を受け、日本を復興することである。この様な志を持った日本人があふれる時、その代表である政治家、官僚もまた、無私の境地で日本復興に取り組む人材で構成されるであろう。いや必ず、そうしていかねば、日本を存続させることは出来ない。先人達は私達に、生きる指針を与えてくれる。
  1. 2011/08/28(日) 10:51:07|
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日本人の意識の変化

東日本大震災以来、結婚するカップル、離婚するカップルが増えたと言う。本当に支えになる人がほしい、戦後、個として行動する方向に向かい、利潤追求してきた人間に自然の力が気付かせた人間の本質。人は一人では生きていけない。すべてが他人のおかげ、このことに気づかずに日本人は走り続けてきた。何に向かって走り続けてきたのだろう、豊かさを失いつつある今、日本人は迷い、回答を得ようとしている。他人との関わり、幸福な団体生活を営むであることに少しずつ気付き始めてきている。政治、行政は無関係、関わらずに生きてこれた日本人に社会は次々に難題を与える。震災からの復興、放射性物質拡散、財政建て直しのために予測される増税、政治、行政を放置してきた結果、日本人一人、一人が取り組まなければならない現況を築き上げた。横手の96歳のジャーナリスト むの たけじさんは、政治、行政、社会問題の解決に生きている日本人すべてが関わっていくべきことを主張する。経済、利潤のみを追求し、人は安全な高台に住むべき、水を汚してはいけない、自然を崇拝すべきと言った古代からの教えを破り、自然法則 科学に反する経済のみに従って、安全と言うものを捨て去ってきた社会は、一人で生きていけると言う幻想を我々に与え続けてきた。今こそ、一致団結して難題を解決する時である。夫婦、家族を基盤に、輪を広げていきましょう。
  1. 2011/08/25(木) 06:14:30|
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日本の技術、評価そして日本の技術の復権について

本日、秋田魁新聞の社説 北斗星に、中国の新幹線と日本の原発が対比されて書かれていた。トップダウンによる国家プロジェクト、つぎはぎ技術、そして隠蔽体質、両者は同じではないかと捉えられている。反原発の立場で論陣を張った科学者 高木仁三郎さんは、著書『原発事故はなぜ繰り返すか』で、『作業能率が落ちてもいいから、人間が安全に生きられる視点で安全技術を考えることが真の安全文化の構築につながる』と主張した。さきがけ新聞はこの一文を正論としている。日本のマスコミが、中国の新幹線事故を、事故の原因調査をしないで、すぐに新幹線を走らせた中国の姿を見て、『日本は事故の原因調査をしており、中国と日本では大きな違いがある』と報道を繰り返した。世界はどう見ているのか。昨日のサッカーの試合でベルギーの国民が、カワシマ選手を『フクシマ』と野次った。復興をはかろう、放射性物質による汚染、余震と必死に闘う福島の人々に対して、人間として決して、行なってはならない野次だが、同時にヨーロッパの日本に対する評価の表れと感じとることが出来る。日本の技術は中国の技術とは違うと言うことを言うが、原発事故により、世界の評価はほぼ同等とされているのは間違いない。技術力はありながら、国家の計画立案、研究、実際の問題に対する対処、日本人の安全に対する考え、基準の不明確さ、国民は盲目的に行政の計画を受け入れる、行政は強行に計画を実行する姿勢が、この残念な評価を引き起こした。事故が何故、起こったか、事象を並べたてるだけの原因調査ではなく、本質的な『拡散する放射性物質の拡散を防ぎ、どう取り除くのか』、『暴走する核分裂反応をどう停止するか』と言う現実問題を解決することこそ、日本の技術が安全であると言う証明になる。技術大国 日本の復権は、現実的に困っている方々を技術により助けることが出来るかどうかにかかっている。
  1. 2011/08/23(火) 06:36:52|
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日本人が失ったものを取り戻すために

現代日本人が失ったものは、国、地域、他人を想う心、不屈の闘志、勤勉さであることを感じる。特に、市民、国民から集められた税金、つまり公金に対しての意識の低さである。世間で言われるバラマキはもちろん、公金により施策、運営したものが、市民、国民を苦しめているものも少なからずある。原発、ごみ処理場、ダム、国により認可された薬剤による被害により、国民、市民が苦しむ、ちょっと待て、私達は自分達が苦しむために働き、税金を治め、その公金により被害を広めているのかと錯覚しなければならない原状が広がっている。施策を策定する際の調査、研究に真のエリート(官僚)をあてていくこと、世界最先端の専門知識を学ばせること、それを指揮する政治家もまた、倫理観を持った専門家であることが最低限、必要である。施策策定の段階でスケールダウンした実験、検証を繰り返し、最悪の場合でも、国民、市民の健康、生活を将来にわたり保証していく、それが国家、行政の務めである。原発が建って40年建ってから、ストレステスト、検証、汚染水の処理、冷却機能の検討とはお粗末な施策であろう。今の流れは現場で働く方々に多大なリスクを与え、近隣住民、国民を苦しめる流れになってしまっている。今日本に真のエリートがいるならば、原状を見て、淡々と過ごすことは出来ないはずだ。施策策定の段階で、その危険性、不足しているものを調査、研究し、補完出来たはずだ。国民、市民に訴求された際に対応するための基準、法の改正にのみ精力を傾け続けるならば、やがてこの国は二度と立ち上がれない病的なエネルギーの無い国家となってしまう。私達市民、国民一人、一人が科学、歴史を学び、原状を正しく理解し、真のエリートが生まれる、働いて頂ける社会を作っていかなければならない。私が今の社会で懸念しているのは、言い訳社会となっていること、出来ないことを一生懸命言い訳し、前に進もうとしない日本人の姿は、そのまま、政治家、官僚、学者の中にも見受けられることが多く、国際競争からは程遠い、日本人の教育の質に関する問題点を感じる。テレビでは『ビジネス』、『ビジネスチャンス』と言った言葉ばかりが聞こえてくる。東日本がもがき苦しむ中、『国家、国民とは』といった根源をもう一度考え、砂上の楼閣となる様な生き方、ビジネスを一掃し、ほんものを築く時になってきた。公金の重さを感じ、真に日本の国力を高めるために行動出来る志の高いエリートによってのみ、日本が再興される。
  1. 2011/08/21(日) 08:39:10|
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女性、子供を大切にする社会へ

おはようございます。今日の新聞記事に、福島の子供達が国の原発担当者に質問したと言う会合の内容が記載されていた。『つらい』、『早く除染してください』、『福島を早く綺麗で人の住める地域に戻してください』と言った意見が書かれていた。また、子供達から『何故、早く除染しなかったのか?』と言う質問が国の担当者へされると『最大限早く取り組んだ』と言う回答に、子供達は、『がっかりした』と言う感想であったそうである。この会を主催したのは、『子供達を放射能から守る福島ネットワーク』で、小学生の子供を持つ事務局担当の西片嘉奈子さんは、『事故の一番の被害者は子供達。子供の声に耳を傾けることは大人の役割だ』と挨拶したと言う。昔から『女、子供が』と言う身体能力的に男性に比べ落ちる女性、子供を軽んじる風潮が日本にあった。残念ながら日本にはまだまだ、こういった風潮が残っており、女性がリーダーとなることを阻む障壁、子供達を第一に考えられない欲が社会には存在する。東日本大震災の復興支援には沢山の義援金が集まり、炊き出し等のボランティアが沢山ありながらも、今苦しんでいるいや将来、健康被害に直面するリスクの高い子供達を救おう、未来を担う子供達の健康と健やかな成長をサポートすると言う国家にとって一番大切な世論、行動が起こらない理由は何なのだろう。問題を山積みし、借金大国 日本を背負わせる流れの中で、健康で、健全な環境で学び、教育を受ける権利までを大人が奪っているとすれば、義務を主張することも出来ないし、問題を解決する唯一の方法、人材育成も程遠いことになる。健康、命と言う最も人間にとって大切なものを知っているのは女性であり、今こそ、女性、子供の意見を大切にする社会に変革すべきである。女性や子供の意見を黙殺するのは、男らしさ、賢さではなく、愚かさであること、偉人と呼ばれる多くの賢人達は女性の意見を尊重し、女性に畏敬の念を抱いていたことを今一度、考えなければならない。少子高齢化の社会を支えるのは、女性と子供であり、男性は、『最大限早く取り組んだ』などと言い訳が通せる社会を変革しなくてはならない。放射性物質の危険性がある今、雨に濡れない等の注意を要する。社会の宝である子供、女性を大切にしていこう。
  1. 2011/08/18(木) 06:32:54|
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リーダーの見識

松本市長 菅谷昭さんの談話が掲載されていた。菅谷さんは医師でチェルノブイリ原発事故の被災地ベラルーシ共和国で医療支援活動を行なった。チェルノブイリ事故から分かる様に、ふきあげられた放射性物質は300kmから400kmも拡散するという。食物や呼吸を通じて放射性物質を体内に取り込むことにより起こる内部被曝は、取り込まれた放射性物質が細胞や組織レベルでどのような影響を及ぼすか、科学的証明が不十分だそうで、しかるにより慎重に対応すべきと指摘する。チェルノブイリ事故の汚染地域に住んでいる子供達には、身体的影響が出ており、その事実を教訓に手を打つべきと主張している。汚染国となってしまった現実を正面から受け入れ、特に影響を受けやすい子供と妊産婦を国民全体で守る意識の必要性を唱える。汚染地域の住民の定期健診、空間放射線量が上昇した場合は、内部被曝を防ぐため、雨に濡れない、マスクをする等のアドバイスをしている。良く考えてみよう、一般的な首長は、国が言っているから正しい、安全または法律で決まっているから、あるいはタバコの方が健康を害するなどと言う頭を抱えてしまう発言をし、対策を打たず、子供達、妊婦を危険にさらし続ける。リーダーには専門的な知識、倫理つまり、人の健康、命を第一優先に考え、行動することが求められる。皆さんの市町村の首長、議員は、菅谷さんの様な見識をお持ちだろうか。県会議員、県知事、国会議員は?皆さんの勉強と世論形成こそが、子供達を救えるキイである。日本は現実的にかなり厳しい状況に置かれている。風評なのか真実なのか、科学的な調査により、私情をはさむことなく、現実は我々につきつけられる。子供達を守れるのは私達しかいない。一部の大人の私利私欲を守るための馴れ合いはもう止めようではないか。この国を支えるのは間違いなく、これからの子供達である。リーダーの知識、倫理観の差が国民、市民に大きな影響を及ぼす時代になってきた。
  1. 2011/08/17(水) 21:36:29|
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マンハッタン計画 原爆そして原発

私は原発に対し、科学者いや人間としてひとつだけはっきりとしたメッセージが送れる。『原発はクリーンで、人類を平和で健康な生活を送ることが出来る生活をもたらし続けられるか否か』。マンハッタン計画、原爆製造の中で、試行錯誤が繰り返され、30億ドルのアメリカの国家予算が投じられ、原爆が開発されたことがテレビで放映されていた。ある科学者は当時の国務長官に、人類に対する影響が多大で不明なこと等から投爆の中止を要請したと言う。しかし、巨額の国家予算を投じ、効果を示さなければ議会の理解が得られず、原子力開発に予算がつけられない等の理由もあり、日本への原爆投下がされた。もちろん、『原爆投下しなければ、日本は本土決戦をのぞみ、より多くの日本人、アメリカ人が犠牲になるのを防ぐ必要性』を訴え、原爆投下されたと言うものである。原爆には、『親愛なるヒロヒトへ(天皇へ)。必要悪』と書き込まれている画像が放映された。原爆投下により、多くの日本人の命が無くなり、惨状が繰り広げられた。その影響について、『被害は瞬時に収束し、クリーンな爆弾、武器である』と言う声明がなされた。このクリーンな原子力を平和に利用したのが原発とのことで、GEが東芝、日立に設計、技術を教えると言う条件で日本に原発が建設されたと言う非常に興味深い内容であった。このブログを読まれる方々自身に判断頂きたい。『クリーンで瞬時に影響が収束し、人類の平和と健康を維持出来るものかどうか』、原子力工学の技術が理解出来るかどうかではなく、単純明快なこの命題が本当に解決出来るかどうか、こういった本質を国民が理解し、判断することこそ、人類、国家の存続のキイである。放射性物質は粉体であり、そのうちのセシウム137は、1cmの範囲に影響を及ぼすβ線を放出し、体内に取り組むと細胞、DNAを損傷すると言うメカニズムは分かってきているが、どう影響していくかは未だ研究中(発ガンのリスクは高まることだけは判明している)なのだと言うことが番組で説明されていた。私は未知のもの、特に後世に及ぼす影響が多大なものには手をださない立場をとるが、原発、現代技術に対する皆さん自身の考えを構築して頂くことが大変、重要である。
  1. 2011/08/15(月) 07:07:51|
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能代商業高校野球から学ぶこと

本日、夏の全国高校野球 二回戦で香川県 英明高等学校に秋田県 能代商業高等学校が2対0で勝利した。英明高等学校の投手 松本選手は急速 140kmを超える超高校級投手、通常では打ち崩すことは不可能な能力を持っていた。打線も超高校級を思わせるスイングをする選手が揃い、素晴らしい力を持っていることを感じた。能代商業高等学校の練習では、バッティングマシンの急速を145kmにあげ、マウンドよりさらに2.5m近付け打撃練習を重ねたと言う。打者を投手に近付けて打席に立たせたり、ベースよりに立たせたることにより、相手投手が投げにくくなる様、また豪速球にもくらいついていく準備をしていることが新聞記事に書かれていた。緻密な四国の野球のお株を奪う、打撃、走塁、守備、能代商業の保坂投手のコーナーをつき、低めにコントロールしきった投球は、理論的に、そして精神力を鍛錬し、鍛えあげた練習の賜物であることが強く感じられた。剛の英明高等学校を柔の能代商業高等学校の野球が相手の力をうまく交わすことで勝利した試合と分析出来た。選手の目の輝きに、大きな違いが見られた。保坂投手、泉選手、能代商業高等学校の選手達は、大丈夫と言う自信ある目付き、必ず勝つと言う目の輝きが見えた。昨年、夏の全国高等学校野球選手権 一回戦で、鹿児島県の代表に大敗を喫し、秋田県勢 甲子園13連敗と言う記録を更新してしまった。そういった屈辱から監督、父兄、選手達が立ち上がり、科学的な練習を積み重ね、過去にも成し遂げなかった九州、四国の強豪校を連破したことは素晴らしいことで、一生、選手達の自信、支えとなるはずである。徳島県池田高等学校の名監督 故蔦文也さんが、『練習は緻密に、科学的に行うこと、試合では選手達が思う存分、自由にプレイする様に指導すること』と言われたことを実践出来た能代商業高等学校の野球である。その当時の池田高等学校の優勝投手 畑山さん、水野さん、江上さんの目の輝きを思い出した。一人一人が基本に忠実に、科学的に練習を積み重ねる、そこで勝負は決まっていることがすべての分野にあてはまる。すべては日頃の積み重ね、いかに当たり前のことを当たり前に出来るかと言うことを継続することの大切さを学んだ。
  1. 2011/08/14(日) 10:32:50|
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アテルイ

今日は今から千二百年以上前、東北の蝦夷の長であったアテルイ、モレが亡くなった日である。岩手県胆沢(奥州市)に陣取った朝廷軍4000をわずかの兵で撃退した東北の英雄は、仲間の命の確保を請願し、モレと共に、京都へ向かった。敵であった坂上田村摩呂も彼らの存命を嘆願したが、貴族達の反対にあい、河内の国で処刑された。阿倍氏、源義経、奥州藤原氏、東北には大勢に反し、自らの哲学を持ち生きようとした英雄達の歴史が刻まれている。東北、仲間の命を守るため、モレと共に京都へ向かったアテルイは、仲間、人の為に命を捨てられる真のリーダーである。原発事故、みちのくは津波、地震に加え、多くの人々が苦しんでいる。アテルイ、モレは今のみちのく、日本の原状をどう見ているのだろう。自分の身の保全をはかるリーダーはリーダーたりえない。歴史は多くのものを我々に教えてくれる。
  1. 2011/08/13(土) 06:17:49|
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慶英、誕生日おめでとう

今日は、東武百貨店池袋の直営のうどん店 眞壁屋を見ている弟 裕、長男 慶英の誕生日である。誕生日おめでとう!今から17年前、私はオランダのデルフト工学大学化学工学科で客員研究員として研究をしていた。富士通から派遣される制度で容易く自己都合で帰国することは当然許されず、帰国する場合は事前の申請が必要であった。家内は5月に出産のため、帰国した。私は、生まれる日を確率統計に基づき計算し、一週間の一時帰国を申請した。成田空港に到着、家内の実家に着いた12日 夕方 産気づき、13日の朝に無事、産まれてくれた。名前は姓名判断を勉強しつくし、眞壁と言う姓にあう数少ない名前の組み合わせを計算で求め、慶英と名付けた。オランダへ帰国する前日、退院した慶英と布団を並べ、一緒に寝ることが出来た。頭を撫でてやると、にこっと笑ったことを覚えている。あれから十七年、あっという間である。中学校で勉強をさぼったため、高校では運動部に入らず、学校の授業、補習、特別講習、予備校の講習と一生懸命、勉強している。99%の高校生が携帯を持っている中、私は彼に携帯を持たしていない。携帯に費やす時間を人との出会い、スポーツ、読書、勉強にあててほしいという願いからである。私の高校時代、もちろん携帯などなかったが、流行はあった。アイドルの髪型を真似たり、女の子の話しをしたり、進学校のため、偏差値、模試の話題も多かった。私は坊主頭、硬派で、女の子の話しはまったくせず(興味がなかった)、偏差値教育を肩書き、地位を求める見せかけの学びと捉え、時間のすべてを身体を鍛錬すること、英語、数学の勉強(少しだった)にあてた。腕立て伏せ三百回、ヒンズースクワット三百回は日課で、十七歳の頃の握力は八十三kg、当時の名横綱 千代の富士の握力を超えていた。今でも肉体年齢 二十代と実年齢よりも二十年若いのはこの時の鍛錬のお陰である。慶英はどんな若者に育つだろう、生まれた時、私は想像も出来なかった。長身で細顔で、ヨーロッパで生を受けたので、お洒落で少し軟派で、想像とは逆の真っ直ぐに進む武者の様な若者に育った。武者人形そのまま、NHKの大河ドラマの武将をそのまま演じられる風貌である。人生は戦である。自分との闘い、弱い自分の甘え、流行と言う意味の無い無味乾燥な事象にいかに流されず自分独自の哲学を築き、歩みきるかの闘いである。人の目を気にせず、実力、結果で示す生き方を目指してほしい。頑張ってください!
  1. 2011/08/13(土) 05:41:50|
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沢山の方々との出会い

連日、沢山の方々とお会いさせて頂いている。科学の日本の第一人者、政治家、経済人、ジャーナリスト、農業に従事される方々等々。人は人と会うために生きている、名刺があっという間に300枚なくなり、親交させて頂く喜びを感じている。昨日は地域の改革に力を注ぐ方々の勉強会に参加させて頂いた。真実を見極める知識、勇気、実践が最も大切である。学んだことを実践する、実践なき学びは意味がなく、限られた人生においては学び、実践する時間は限られている。一日をフルに使い、行動していく。家庭、会社、社会をより良くしていくために。頑張りましょう。
  1. 2011/08/10(水) 05:56:32|
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知識、科学の大切さ、恩師の言葉の意味

今から二十二年ほど前、私は恩師から『眞壁君、人間にとって本当に大切なものは何や?』と質問されたことがあった。すぐに回答出来なかった私に恩師は、『それは本当の知識や』と教えてくださった。人間と獣との違いはただ一点、知識、創造力である。獣は火を怖がり、人間は火の性状を知り、利用する。福島原発事故以来、放射性物質を異常に怖がり、根も葉もない感覚のみでものごとが判断され、行われている。食の生産地規制、京の大文字焼きで、東北のある地域の木を使うことに放射性物質が心配と言うことで、使用をやめたりすると言う驚くべきことが起こっていると言う。きっちりと検査して使用すればまったく問題はないはずで、基準を明確にした科学的調査を行い、結果に基づき判断すれば良い。恩師の言葉、本当の知識の重要性を感じている。私は、商品を作る前の素材の研究を十分に行い、そのデータに基づき、製造を行なっていく。食、商品、生活すべてが科学であり、研究から得られた結果を解釈し、原状を打破することが真の知識である。今日本人には、真の知識と心が求められている。
  1. 2011/08/07(日) 19:20:55|
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戦国武将に学ぶ後継者育成

織田信長、徳川家康、非情と温情、短気と気長、対照的な二人だが、嫡男の教育についても対照的であったと言う。信長、家康にはそれぞれ、信忠、信康と言う嫡男がいた。今までのイメージからいくと信長がほったらかし、家康が手厚く教育に関わると言った教育が想像出来るが、まったく逆であったらしい。もちろん、信康は幼年期、人質になっていて、家康と接する時間は短かった様だが、家康は『無事でありさえすれば良い』と殆ど、教育には関わらなかったと言うことである。一方、信長は信忠を、戦ごとに連れていき、帝王学を学ばせた。幼年期より雑用は一切させず、嫡男としての学びをさせ、自らの姿から多くのものを学ばせ様とした。父 信長も成し遂げなかった武田氏を滅亡させると言う大業を成し遂げた信忠に家督を譲った。本能寺の変で、信忠は父 信長を助けるため、逃げ延びられる機会を捨てて、父と共に明智軍と戦い、命を失う。一方家康の嫡男 信康は武勇に優れてはいたが、父 家康に対する敬にかけていたと言う。その猛将たる気質は信長にすら敬を払わない行いを見せ、最後はその器に恐れをなした信長が切腹を命じ、家康が受け入れたと言うことが伝えられている。他人には非情であったが、身内には優しく、嫡男に敬を払われた信長と身内には非情で、嫡男に敬を払われなかった家康。二人の嫡男 育成の違いは私達に後継者育成について考える機会を与えてくれる。二人共、悲運の最期を遂げたが、後継者育成としては織田信長の育成法がより好ましく、家康の育成法は自らがプレーヤーとして天下統一を成し遂げると言う意志がはっきりと表れている。戦乱の世が治まった際には、戦国武将としては落第の秀忠を認め、官僚機構をまとめる人間として後継者に選択したことは、家康の非凡さがうかがえる。戦国武将としては力量不足の秀忠の最強の敵、豊臣氏を滅ぼすため、老体にむち打ち、参戦した家康も、遅参した秀忠には、『信康が生きていればこんな情けない想いをしなかったものを』と信康の死を悔やんだと伝えられます。後継を早めるのであれば、信長の様に、戦乱の世の中を見極め、自ら障害を取り除いてからと言うのであれば、秀忠への後継が望ましいと考えられる。信康は家康よりも剛毅で、決断、行動力に優れ、それが信長の恐怖につながった。いつの時代もカミソリの様な切れ者よりも、凡庸、平凡に見える者の方が、強敵にとっては安心できる。戦国武将から学ぶ継者育成に対する考察である。
  1. 2011/08/05(金) 13:28:07|
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お通夜に列席して

富士通時代の先輩 輿亮さんの奥様 輿宏美さんのお通夜に参列させて頂いた。大腸ガンと闘われながらも完治を信じ、常に前向きに治療に取り組まれたお話しが輿亮さんから説明された。スライドショーで宏美さんがいつも子供達に手をかけ、優しく見つめている写真、小さな将央君が宏美さんの頬にキスをしている写真を拝見し、涙がこみ上げてきた。輿さん、美咲さん、将央さんは涙をこらえて笑顔で参列されていたのが、宏美さんのいつも笑顔で人と接する姿勢の表れであったのだろうと感じた。奥様は輿さん、子供達のことを強く思われて天国へ旅立たれたと思う。親、夫婦とはそういったものである。泣き笑いし過ごすことが出来るのもわずか一瞬、だからこそ、交わす一言、一言が大切である。亡き親族は必ず私達の中に生きていてくれる。楽しい時は共に喜び、苦しい時には大丈夫といつも励ましてくれる。目に見えるものは一瞬だが、気持ちや心は永遠である。宏美さんのご冥福をお祈りすると共に、輿さん、お子様達の健康を心から祈っています。
  1. 2011/08/03(水) 22:50:42|
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8月スタート

秋田は涼しい朝を迎えている。毎日、震源地の異なる地震が起こり、微動を感じる一週間であった。新潟、福島の大雨による被害、亡くなられた方々のご冥福と被害にあわれた方々の安全、生活の復興を祈っている。ソウルでも大雨による被害が報じられたり、地球温暖化による局所的な集中豪雨は昔では考えられない状況を引き起こしている。水を蓄える役割を持つ山、森林、田畑がつぶされ、建物が建ったことも洪水に拍車をかけている。節電と言われるが、本来、周りを木々で囲まれ、川が流れるところはそれほど気温も上がらず、自然の風で、暑さをしのぐことが出来る。クーラーをつける必要はないのである。森林、山を切り崩し、コンクリートで固め、巨大な建物を建てる街作りをし、クーラーをつけない様に、節電をしようと言うのは、焚き火をしながら、近くに座り、団扇で涼もうとすることと同じである。人間が自然に手を加えた時点で、エネルギーを損失させる方向へ地球は進んでいる。オランダでは、どんどん自然に戻す取り組みが進んでいる。人工的なものを自然に戻していく。工学の知識を集約して取り組まなければならない分野である。昨日、ガイアの夜明けで、チェルノブイリ周辺250km圏内の放射性物質がたまったホットスポットと呼ばれる地域での甲状腺ガンを発症する多くの方々の原状を見た。25年経った今も原発から3km離れた地域の放射線量が35マイクロシーベルトと日本の基準からすると、350倍以上の値を示すと言うものであった。もちろん、人は住んでいないゴーストタウンとなっている。子供達、女性達が甲状腺ガンの手術を受け、腫瘍を除去する際に受けた痛々しい傷痕も衝撃的であった。日本は早急に、人が住める地域とそうでない地域を明確にし、日本人の被曝の実態、被曝した人々の治療、安全な生活環境を確保しなければならない。復興省を編成するならばそういったことにあたれる医師、技術者を集め、早急に解決にあたること、知識の集約と行動が求められる。原発の収束を早めると共に、食、住の安全、そして人々の健康を保証出来る取り組みを行なってこそ、安全、信頼が置かれる国家になりうる。私達、国民一人、一人がこういった観点から、取り組めることは取り組んでいくことが重要である。そのためには、そうした取り組みが出来るリーダーを政治家として送り出すこと、国が早急に取り組む社会作りをすることが大切と感じている。
  1. 2011/08/01(月) 06:58:42|
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